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乳がん経験者による座談会(女性6人の本音トーク編)

乳がん経験者が語る がんの保障はどこまで必要か(乳がんサバイバー座談会) Vol.2-1

女性にとって、とても身近な病気が乳がん。
“他人事”では済まない現実が!

座談会には、乳がんサバイバーであり、CNJ認定・乳がん体験者コーディネーターの資格をお持ちの5人の方々にお集まりいただきました。司会進行役は、同じく乳がんサバイバーである、ファイナンシャル・プランナーの黒田さん。乳がんのことをもっと知ってほしい、悔いのないよう、素敵な人生を送ってほしい、という熱い思いを胸に、女性6人が本音で語り合ったら——?

Part1誰にでもある、乳がんになる可能性!

「まさか?」「もしかして?」から、乳がん発見へ。

黒田 最初に、みなさんの簡単な自己紹介と乳がんが発見された経緯、現在の状況などをお聞かせいただけますか?

Oさん 私は看護師をしています。夫と子ども2人の4人家族です。昨年1月に健康診断があったのですが、その前からしこりがあることに気がついていました。コロコロ動くので、きっと良性に違いない、って。それこそヘタな知識はよくないという典型的なパターン(苦笑)。健康診断でも指摘され、専門医にかかったら病期はⅡa。2月に左乳房の全摘手術をし、リンパ節郭清もしました。乳房再建はこれからです。タキソテール(抗がん剤)後、ハーセプチンを使った分子標的療法をつい先日まで続けていました。

Aさん 夫と子どもが3人です。私は14年前、カナダにいたときに、がんと診断されました。実は、その1年前に日本で受けた検診でしこりがあったのですが、外科の先生は触診だけで「あ、これ大丈夫」って……結局は、がんだったわけですが。

黒田 治療は日本で受けたのですか?

Aさん カナダです。子どもたちの生活環境を変えて、不安にさせたくなかったので。温存手術でリンパ節を取っています。手術後は、抗がん剤と放射線治療をしました。帰国してから定期検診を受けていましたが、「10年経ったら卒業だよ」と言われ、いまは自治体のがん検診を受ける程度です。ただ、手術から5年目に右腕にリンパ浮腫が出てしまい、蜂窩織炎(ほうかしきえん:虫刺されなど小さな傷から細菌が侵入し、炎症が広がること)にときどきなるので、それで病院に行くことがあります。この後遺症さえなければ、私、けっこうのんきな感じで生きているかなと思うのですが(笑)。

Cさん 会社員です。この春、結婚しました。私もAさんと同じように、しこりがあって、それを病院で良性と言われたんです。でも、1年数カ月後に異変を感じ、30歳の誕生日に病院に行ったところ、乳がんと診断されました。まさかという感じでしたね。右乳房を全摘して、手術後は抗がん剤、放射線治療、ホルモン治療とフルコースでやっています。手術して2年が経つので、乳房再建をしようかと思っています。

黒田 私は、がん摘出と同時に再建したんですよ。Cさんも、ぜひ、なさってください(笑)。Kさんも若くして乳がん体験者になられたのですね。

Kさん 6年前、32歳のときでした。うちはがん家系というのか、母は乳がん、祖母は卵巣がんでしたので、ある程度の覚悟はありました。さすがに32歳で、とは思いませんでしたが。当時、病院に勤めていたので、しこりに触れたとき、そこの先生に診てもらったんです。そしたら、「すぐ大きい病院へ行きなさい」と言われてしまいました。温存手術を受け、センチネルリンパ節生検ではマイナスだったので、リンパ節は取っていません。でも病理の結果リンパに転移しているのがわかりました。わかった後もリンパ郭清して欲しいと再三お願いしましたが、術後抗がん剤治療をやるからといわれて、リンパ廓清していません。
その後、結婚しましたが、去年、反対側の乳房にも乳がんが見つかって、8月に全摘しました。子どもが欲しいので、受精卵凍結をしてから抗がん剤治療に入り、今年3月に終了したところです。

Fさん みなさん、つらい思いをしていますね。私は夫と子ども2人の4人家族です。40歳からずっと定期検診を受けていて、それで見つけていただきました。見つかったときは0.5mm。自分で触ってもわからない。乳腺外科の先生からも熟練の人でないとわからないと言われたので、ほんとうに検診を受けていてよかったと思いました。2009年の8月に発見されて、10月に手術しています。術後すぐに放射線治療を受けました。いまもホルモン治療を続けているほか、3カ月に1回は乳腺外科でエコー・チェックをしてもらっています。

黒田 乳がんは30代後半から増え始めて、40代後半から50歳前後がピークといわれていますが、やはり、若いうちだと、結婚や出産を前にして、いっそうつらい体験になってしまいますね。

そのとき、家族は? 周囲の反応は?——心ない言葉に傷つけられたことも。

黒田 乳がんとわかったとき、ご家族や周囲の人たちの反応などはいかがでした?

Oさん 職業柄もありますが、子どもには、「いつ親がいなくなってもおかしくない」と常々言ってありましたので、「ああ、そうなの」「でも大丈夫でしょ」といった反応でした。主人の方がピンと来なかったようで、「お任せします」って(笑)。仕事がものすごく忙しい時期でしたから、私自身、落ち込んだり嘆いたりするヒマが全くなかったです。一応、実家の母に伝えたら、自分ががんになったように悩んでしまって、倒れました。

黒田 私の母も似たようなものです。母親は、もれなく倒れますね(笑)。職場やご親戚の方には?

Oさん 私は、家族もそうですけれど、職場にも子どもの学校の先生にも、すべて、自分が乳がんであることをカミング・アウトしたんです。ただ、担任の先生からは「同僚が2人、亡くなっているんですよ」とか「わかるわ、友だちもいっぱいなっているの」などと言われて(苦笑)。

黒田 相手の方は親身になって言ってくださっているんでしょうけれどもうちょっと配慮していただきたいですよね。

Oさん 親戚から、「人生、長くないんだから、もう仕事は辞めてのんびりしなさい」とまで言われました。

黒田 私も言われました。よく分からない人のがん患者への接し方なんて、そういうものですよ。

Oさん 特に年代が上の方たちには、がんは死に至る病という感覚があるかもしれません。最近は、がんと共存して生きていこう、仕事を続けていこうというふうになっていますけれど。

黒田 Fさんはいかがでしたか?

Fさん いちばん困ったのは、息子たちに言うとき。嘘はつけませんしね。そのあとは、息子たちに心配かけないように、ごくごく普通の生活をしていました。主人に言ったら、「エ~ッ!?」って、すごくイヤな顔をされたので(笑)、病院にしろ、先生との話し合いにしろ、すべて私ひとりで行きました。

Aさん 私は逆に、がんになったとき、子どもが小さかったので、「私がいなくなったら、この子たちはどうなるのだろう」と、すごく焦ったんです。でも、夫から「がんではすぐに死なない」と言われ、気持ちがストンと落ち着いたんですよね。

黒田 なるほどねえ。Cさんは?

Cさん 親も親戚もショックを受けてしまって……いまだに祖母には内緒にしています。でも、親が若いということもあって、親に援助してもらえたのが、とてもありがたかったです。

黒田 仕事をなさっているんですよね?

Cさん 術後1カ月は休んで、その後、抗がん剤治療を受けながら仕事を続けました。ただ、数か月して退職勧告をされたんです。「切って治るものじゃないでしょ」と言われ、ものすごくショックでした。そこまで理解されていないんだなって。これからどうなるんだろうという不安から、もう、どん底でしたね。

黒田 仕事は続けることができました?

Cさん 何とか。上司たちが嘆願書を出してくれて。

黒田 それはよかったです。こうして伺っていると、残念ながら、がん患者に対する周囲の理解は、まだまだというふうに感じますね。

Profile

ファイナンシャル・プランナー
黒田 尚子

黒田尚子FPオフィス
http://www.naoko-kuroda.com/ 別ウィンドウで開く
CFP 認定者
1級ファイナンシャル・プランニング技能士
CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター
「夢をカタチに」をポリシーに、セミナー・FP講座の講師、書籍や雑誌・Webサイト上での執筆、個人相談を中心に活動。近著に「がんとお金の本~がんになった私が伝えたい58のアドバイス」(Bkc)がある。

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