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Vol.3「糖尿病の予防・治療最前線」

教えて 矢作先生!

Q 最新の医学情報、どうすれば上手に活用できますか?

A 「メディア・リテラシー」を身に付けよう。

 これまで繰り返し述べてきたように、糖尿病には予防に勝る治療法はありません。発症し、さらに時間が経っていくほど治療にかかる労力も増していくので、とにかく発症しないように食事や運動などの生活習慣に配慮することが大切なのです。

 下記でご紹介する遺伝子の研究、そしてSGLT2阻害薬のような新薬の開発がさらに進めば、今後、画期的な糖尿病の治療法が確立される可能性が大いに期待できます。また予防法についても、手首などに付けるだけで消費カロリーや運動量を測定できるウェアラブル端末など最新のIT機器を活用すれば、より手軽に体重や運動量のコントロールをすることができるようになるでしょう。

 しかし、新しい治療法や便利なIT機器も、その存在を知らなければ、当然活用することはできません。そして玉石混交の情報の中から正しい情報を選び取る力を持っていないと、いくら多くの情報を得たとしても何の意味もないどころか、場合によっては何らかの悪影響を受けることすら考えられます。その意味で、今後は医療を受ける患者さん本人もメディア・リテラシー(自ら情報を集め、その真偽を見極めた上で必要な情報を取捨選択できる力)を身に付ける必要がますます大きくなるはずです。日頃から、かかりつけ医や身近な医療関係者に相談するなどして疑問や不安を解消し、いざという時、正しい情報に基づいた適切な判断ができるよう心がけましょう。

日本では、この50年で約40倍と爆発的に患者数が増加した糖尿病。Vol.2「今日からできる糖尿病予防」では糖尿病が生活習慣病であり、予防や重症化防止には食事療法を中心とした生活改善が有効であることをお伝えしました。今回は糖尿病予防や治療に関する最新のトピックスについて解説していきましょう。

糖尿病に関する遺伝子研究

決定的な糖尿病の原因遺伝子は発見されていない

 糖尿病になりやすい体質を遺伝的に解明しようという試みは以前から行われていましたが、最近の研究で、日本人に多い2型糖尿病の感受性遺伝子(*)の存在が複数明らかになりました。
(*感受性遺伝子…特定の病気や障害への感受性を高める又は素因となる遺伝子)

 ただし、病的とされる感受性遺伝子を持っているからといって、必ず糖尿病を発症するかというと決してそんなことはありません。感受性遺伝子を持っていたとしても、単独では持っていない場合と比べて10%程度の危険度の増加にしかならないことも多く、それらの感受性遺伝子が糖尿病の原因遺伝子である、とまではとても言えないのです。

 そもそも日本では、この50年ほどの間に、糖尿病患者の数が約40倍に増えていますが、50年という短期間で遺伝子に変化が起こるということはまず考えられません。それにもかかわらず患者数が激増しているということは、近年の糖尿病急増の背景は遺伝的な要素よりも、環境因子(食生活の変化等)の影響の方がはるかに大きいということの証左でもあると言えます。もちろん、遺伝子の研究がさらに進展し、糖尿病の画期的な予防法や治療法が開発されることについては大いに期待したいところですが、現状ではやはり生活改善に勝る予防法はありません。適正エネルギー量を守って栄養バランスの偏らない食事をとること、そしてウォーキングなど無理のない運動を続けることを心がけ、体重や血糖値のコントロールに努めましょう。

遺伝子検査を予防の一助に

 しかし、自分が糖尿病の感受性遺伝子を持っているかどうかを知っておくことは、糖尿病を予防する上で決して無駄なことではありません。単独では危険度が高くない感受性遺伝子も、複数が組み合わさると危険度が高くなり得ることも分かっています。

 最近では、日本でも遺伝子検査サービスを提供する企業や団体があり、検査キットを使って自分で唾液を採取・郵送するだけで、糖尿病など特定の疾病にかかりやすい体質であるかどうかを調べることができます。今のところ検査に係る費用は100%自己負担ですが、このようなサービスを活用して糖尿病予防や日々の健康管理に役立てるのも良いでしょう。

参考資料〈リスク分析/予防サービス例〉企業と共同研究し遺伝子検査結果から具体的な生活習慣の改善プランを教えてくれるサービスを展開中

新薬「SGLT2阻害薬」の普及

1日400kcal分の糖を尿に排出

 これまで繰り返し述べてきたように、糖尿病には予防に勝る治療法はありません。発症し、さらに時間が経っていくほど治療にかかる労力も増していくので、とにかく発症しないように食事や運動などの生活習慣に配慮することが大切なのです。

 しかし万が一、糖尿病を発症してしまった場合にも、早期に治療を受けることによって重症化や合併症の発症を防ぐことは可能です。発症した場合は放置せず、一日も早く医療機関で治療を受けるようにしましょう。

 糖尿病の治療は基本的に「食事療法」「運動療法」「薬物療法」が3本柱であり、この3つをバランスよく行うことが重要です。つまり薬さえ使えば治療できるというわけではなく、かといって食事・運動療法だけでなんとかなるというケースばかりではないということです。例えば日本人に多い2型糖尿病では、食事・運動療法で十分に血糖が下がらない場合に薬を使いますが、薬の使用開始後も、より良好な血糖コントロールのために食事・運動療法の継続が欠かせません。

 糖尿病治療薬を巡る新しい話題としては、2014年に発売された「SGLT2阻害薬」という新薬の普及が挙げられます。従来、糖尿病の治療には膵臓に働きかけてインスリンの分泌を促進することによって血糖をコントロールするタイプの薬が主に用いられていました。一方、SGLT2阻害薬は腎臓に作用して、血液中の過剰な糖を尿の中に積極的に排出することで血糖値を下げるという、全く新しい作用をもつ画期的な薬です。SGLT2阻害薬を服用することによって1日に最大約400kcalに相当する糖分を尿と一緒に排出できるようになるため、血糖値だけでなく体重や血圧を落とす効果も明らかになっています。また、これまでの糖尿病治療法とは全く違う方法で血糖値を下げるので、従来の治療法への上乗せ効果も期待できます。

 多尿による脱水症状や尿糖が増加することによる尿路・性器感染症など、いくつか注意すべき副作用はありますが、概ね安心して使える糖尿病治療薬として注目を集め、今では広く全国の病院で処方されています(SGLT2阻害薬は保険適用対象外です)。

参考資料〈1型糖尿病と2型糖尿病の違い〉

矢作 直也(やはぎ なおや)

筑波大学医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科准教授。検体測定室連携協議会代表者。1969年東京都生まれ。東京大学医学部卒。日本学術振興会特別研究会、東京大学大学院特任准教授を経て2011年より現職。医師として糖尿病の診療に当たりつつ、研究者としてニュートリゲノミクス研究を推進。薬局と医療機関との連携による糖尿病早期発見プロジェクト「検体測定室連携協議会(ゆびさきセルフ測定室)」を展開するなど糖尿病学会のホープとして活躍中。

矢作 直也