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Vol.1「脳血管疾患の代表的症例と予防法」

教えて 矢作先生!

Q「脳梗塞には何らかの前兆がないのでしょうか?」

A TIAと呼ばれる前兆が現れることもあります

 すべての人に起こるわけではありませんが、前兆として軽い脳梗塞のような症状が一時的に起こることがあり、これをTIA(一過性脳虚血発作)と呼んでいます。TIAは脳梗塞と同様に脳血管のつまりが原因で生じ、一時的にしびれ等の運動障害や、視野が欠ける等の視覚障害も起きますが、本格的な脳梗塞に比べて血栓が柔らかいため短時間で血流が再開するケースが多く、症状も数分~30分程度で収まります。このため、「すぐに治ったから問題ないだろう」と自己判断してしまう人が多いのですが、これは非常に危険です。TIA発症後48時間以内には脳梗塞が起こる可能性が高く、3か月以内には6人に1人が脳梗塞を発症しているというデータもあります。症状に気づいたら放置せず、すみやかに救急外来を受診してください。

 日本人の死因の上位に常にランクインしている脳血管疾患。このうち、脳血管が詰まって血流が途絶える「脳梗塞」は高齢者に多い病気で、高齢者人口増加に伴って、近年ますます患者数が増えつつあります。そこで今回は、脳梗塞の原因と代表的な症例、そして予防法について解説していきましょう。

脳梗塞を発症すると約8割が「要リハビリ」に

 脳血管疾患(脳卒中)は、脳の血管トラブルによって脳の組織が壊れる病気の総称で、大きく分けると脳の血管が詰まって血流が途絶えてしまう「脳梗塞」、脳の血管が破れて出血する「脳出血」や「くも膜下出血」があります。このうち最も多いのが、約76%を占める脳梗塞です。

脳卒中のタイプ、脳梗塞のタイプ 円グラフ

 脳梗塞で血管が詰まると、脳細胞が酸素不足、栄養不足の状態に陥ります。この状態が続くと脳細胞が壊死してしまい、体の片側に麻痺が出る「片麻痺」や言語障害が残るケースが多く、発症した人の約8割はリハビリが必要になると言われています。なお、脳梗塞は原因と部位によって「ラクナ梗塞」「アテローム血栓性脳梗塞」「心原性脳塞栓症」に分類することができます。それぞれ症状も発症後の経緯も異なるので、正確に判断し、的確な治療法を選ぶことが重要です。

脳梗塞

①ラクナ梗塞

動脈硬化が原因で穿通(せんつう)動脈という細い血管が詰まる。梗塞巣が直径1.5cm以下と小さく症状が比較的軽いため、本人が気づかない間に複数箇所に梗塞ができてしまい、認知症発症につながることがある。

②アテローム血栓性脳梗塞

動脈硬化が原因で脳の太い血管が詰まることによって起きる。突然激しい症状が起きる場合もあれば段階的に悪化する場合も。発症すると広範囲の脳細胞が死滅するため、後遺症が残りやすい。

③心原性脳塞栓症

心臓でできた血栓が血流に乗って脳血管に至り、脳血管を塞いでしまうことによって起きる。大きな血栓によって太い血管が突然詰まってしまうケースが多く、梗塞巣が大きくなりやすいので重症化しやすい。

軽症でも油断大敵!代表的な脳梗塞の症状とは?

 脳梗塞は一刻を争う病気で、発症後、いかに早く医療的処置を受けるかによってその後の回復の速さや後遺症の程度に大きな差が生まれます。次のような症状が現れたら自己判断せず、医師の診断を受けてください。

運動障害・感覚障害

大脳の運動神経に障害が起きて、腕や脚、顔の片側だけが動かなくなったり力が入らなくなったりする「片麻痺」の症状が出る。上手く歩けない、物が持てないことで気づくケースが多い。触覚や痛覚、温度の感覚が鈍ったり、体の左右どちらかがしびれたように感じることも。

言語障害

大脳の運動神経が侵され、舌や唇に運動障害が出て、ろれつが回らなくなる・舌がもつれてスムーズに話せなくなる、などの症状が出る。言語中枢に障害が起きると、思うように言葉が出てこなったり相手の言葉を理解できなくなったりする「失語症」の症状が出るケースも。

視野障害

大脳の視覚中枢に障害が起き、片方の目だけが幕が下りたかのように急に見えなくなる。片眼で見ても両眼で見ても同じく片側だけ視野が欠けるのが特徴。また、両目では物が二重に見えるが、片目でみると二重には見えない「複視」という症状が出ることも。

 このほか、小脳や脳幹に障害が起きてめまいやふらつきが生じることもあります。また、突然の激しい頭痛に見舞われた場合は、同じ脳卒中でも脳梗塞ではなく、脳の血管にできた瘤(こぶ)が破裂して起こる「くも膜下出血」の可能性があります。すみやかに病院に行って検査を受けてください。

脳梗塞の予防は危険因子のコントロールが基本

 ここまで見て来たとおり、脳梗塞はいずれのタイプも動脈硬化(老化やコレステロールによって血管が狭くなって詰まりやすくなったり、もろくなる病気)が原因です。よって、糖尿病や高血圧、脂質異常症や心房細動など動脈硬化を併う病気は、脳梗塞の危険因子(原因)になります。また、動脈硬化を進行させる喫煙や高血圧の原因となる多量飲酒も脳梗塞の危険因子です。

糖尿病

高血糖状態が続くと血管が傷ついてもろくなり、動脈硬化が進行する。高血圧や脂質異常症などの合併症も起こりやすく、糖尿病の人はそうでない人に比べ2~4倍は脳梗塞になりやすいと言われる。

高血圧

高血圧状態が続くと血管壁が傷ついて厚くなり、動脈硬化が加速する。心臓にも負担がかかるため心原性脳塞栓症発症リスクが高まる。収縮期血圧140mmHg以上、拡張期血圧90mmHg以上で脳梗塞発症数が急激に上がるとされる。

脂質異常症

血中のLDL(悪玉)コレステロールが増加すると血管壁にプラーク(かたまり)ができ、動脈硬化が進む。LDLコレステロールの値が高く、LDLを除去する働きがあるHDL(善玉)コレステロールの値が低い人は要注意。

心房細動

心臓の左心房が細かく震えることによって不整脈が起き、血栓ができやすくなる。老化現象の1つで、高齢者ほど多く発症する。心房細動のある人はない人に比べて脳梗塞発症の危険性が3~5倍と言われる。

 これらの危険因子を上手にコントロールして動脈硬化の進行を遅らせることが、結果として脳梗塞の予防につながります。

具体的な予防法としては、①食生活を改善し適度な運動を日常的に行うこと、②過度な飲酒を避け、③規則正しい生活を送ること、④血液を詰まりにくくする薬剤の使用などが挙げられます。このうち、特に重要なのが食生活の改善です。暴飲暴食を避け、塩分・カロリーともに控えめのメニューを選んで採るよう心がけましょう。また、食事内容だけでなく食べ方にも注意を。ゆっくりよく噛んで食べるようにすると血糖値の上昇を緩やかにすることができます。家族や知人との会話を楽しみながら食べると早食いや食べ過ぎ防止に繋がります。


Point真夏の朝に最も注意が必要!

夏は脳梗塞が起こりやすい季節。大量の汗をかいて脱水症状になると血液の流れが悪くなり、血栓ができやすくなるため脳梗塞の危険性が高まります。特に起床時は睡眠中に下がっていた血圧が急上昇しやすくなるので、注意が必要です。水分補給も忘れずに。

矢作 直也(やはぎ なおや)

筑波大学医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科准教授。検体測定室連携協議会代表者。1969年東京都生まれ。東京大学医学部卒。日本学術振興会特別研究会、東京大学大学院特任准教授を経て2011年より現職。医師として糖尿病の診療に当たりつつ、研究者としてニュートリゲノミクス研究を推進。薬局と医療機関との連携による糖尿病早期発見プロジェクト「検体測定室連携協議会(ゆびさきセルフ測定室)」を展開するなど糖尿病学会のホープとして活躍中。

矢作 直也

2018年4月作成