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Vol.2「脳血管疾患の治療と再発予防法」

教えて 矢作先生!

Q「脳梗塞の再発の予防薬は、どんな薬なのですか?」

A 最初に起きた脳梗塞のタイプによって薬のタイプも異なります。

 血栓を防ぐ抗血栓薬を使います。抗血栓薬には、大きく分けて2つのタイプがあります。まず、心源性脳塞栓症(心臓でできた血栓が脳血管で詰まるタイプの脳梗塞)の場合は、心臓内で血栓ができにくくする「抗凝固薬」を使います。また動脈硬化により血栓ができるアテローム血栓性脳梗塞やラクナ梗塞には、「抗血小板薬」を使って血栓を防ぎます。どの薬にもメリットとデメリットがあるので、管理のしやすさや、価格、食生活への制限などを考慮し、医師の説明をよく聞いた上で服用してください。

抗血栓薬のタイプ

 運動障害や言語障害など深刻な後遺症を伴うことが多い「脳血管疾患」。できる限り後遺症を残さないようにするためには、発症後一刻も早く治療を始めることが非常に重要です。今回は後遺症をできるだけ軽くするための治療法、そして再発予防法について解説していきましょう。

「最適な治療法」を選ぶための検査を1時間以内に

 前編でも述べたとおり、脳疾患には大きく分けて脳の血管が詰まる脳梗塞と、血管が破れて出血する脳出血やくも膜下出血があり、このうち最も多いのが脳梗塞です。脳梗塞が起こると血液が流れていかなくなるため、その血管の血液を送っていた領域の脳細胞が壊死し、脳の機能が急激に失われてしまいます。梗塞を起こしてから時間が経てば経つほど壊死する細胞が増えるので、できるだけ早く治療を始めて血流を再開する必要があります。

 このため、医療機関では脳梗塞の疑いがある患者が救急車等で到着すると、すぐに問診や全身の検査、脳卒中重症度評価(NIHSS)、CTやMRIによる画像検査を行い、遅くとも1時間以内に脳梗塞かどうかの判断を下します。そして、脳梗塞であることが確認できると、医師は患者さんの状態や検査結果をもとに、その患者さんに最適な治療法を選択、実行します。

治療の最終目的は、後遺症を軽減すること

 脳梗塞発症直後は、梗塞を起こした部分の細胞はすでに壊死していますが、周辺の細胞は瀕死状態ではあるものの、まだかろうじて生きています。この状態の細胞は「ペナンブラ」と呼ばれ、放置しておくと壊死して二度と元に戻せなくなります。よって、脳梗塞の急性期には、このペナンブラをいかに早く多く救うかが大きなポイントになります。

 なお、治療の方針は、発症からどのぐらい時間が経っているかによって大きく異なります。まず、経過時間が短い場合は、血栓を溶かして血液量を増やす治療を行うことで、ペナンブラを救います。逆に経過時間が長い場合は、まず脳を保護する治療を行い、ペナンブラを救える時間をできる限り引き延ばします。

血栓が詰まって、血流が改善しないまま時間がたつと、ペナンブラだった部分も徐々に壊死する。

治療方針1
血栓を溶かして血液量を増やす

 動脈に詰まった血栓を除去したり、血栓を予防する治療を行います。血流量を増加・維持させて、脳梗塞の悪化を防ぎます。

血栓溶解療法(t-PA治療)

血栓を溶かす t-PA治療

 脳梗塞の急性期治療で最も一般的な治療法。体内の血栓を溶かす酵素の働きを活性化させる「t-PA」という薬を点滴し、血栓を溶かして血流を再開させます。ただし、t-PAが使用できるのは、脳梗塞の症状が現れてから4時間30分以内です。それを過ぎると梗塞部分の血管がもろくなり、血流を再開させると出血性脳梗塞を起こす恐れがあるため、使用できません。また、過去に脳出血の経験がある人にも使用できません。

血管内治療

カテーテルを血管内に入れて、血栓をからめ取る

 t-PA治療ができない場合は、血管内治療を行います。脚の付け根からカテーテルを脳の血管に送り込み、血栓を取り除いて血流を再開させる治療法です。この治療ができるのは発症後8時間以内。カテーテルを通すため、詰まっている血管が直径2mm以下の場合は実施できません。また、この血管内治療とt-PA治療を併用すると、後遺症軽減効果があるので、同時進行で行われることもあります。


治療方針2
内科的治療で脳を保護する

 動脈に詰まった血栓を除去したり、血栓を予防する治療を行います。血流量を増加・維持させて、脳梗塞の悪化を防ぎます。

抗血栓療法

 t-PA治療や血管内治療が行えない場合は、内科的治療を行います。このうち血栓を防いで脳の血流量を増やすために行うのが、血小板の働きを抑える薬を点滴する「抗血小板療法」や血液が固まる作用を抑える薬を点滴する「抗凝固療法」で、この2つをあわせて「抗血栓療法」と呼びます。

血栓が詰まって、血流が改善しないまま時間がたつと、ペナンブラだった部分も徐々に壊死する。

脳保護療法、抗浮腫療法

 脳梗塞によって起こる障害から脳を保護するための療法には、「脳保護療法」と「抗浮腫療法」があります。脳保護療法は、脳梗塞によって大量に発生し、脳の組織を破壊する活性酸素の働きを抑える薬を点滴する治療法。24時間以内に行うことで、後遺症を軽減できることがわかっています。抗浮腫療法は、脳のむくみによって脳の組織が頭蓋内から押し出されてしまう「脳ヘルニア」を防ぐために、脳の組織の余分な水分を減らしてむくみをとる薬を点滴する療法です。


10年で2人に1人が再発!脳梗塞の再発予防法とは?

 このように現在はさまざまな治療法が確立されたため、脳梗塞で命を落とすリスクは以前より小さくなりました。しかし脳梗塞は再発率が高く、脳梗塞患者の2人に1人が10年以内に再発することがわかっています。しかも再発によって障害が生じる部分が広がるため、初回以上に後遺症が重くなって生活の質が落ちたり、死に至るケースも珍しくありません。脳梗塞の経験がある人は、リハビリとともに再発の予防にも必ず取り組んでください。再発予防に有効な方法は次の3つです。

血栓の予防

再発が起きるのは血栓が再びできてしまうからです。一度脳梗塞を起こした人は血栓ができやすくなっているので、血栓ができにくくする薬を服用したり、外科的手術を行って血栓を予防します。

危険因子の管理

脳梗塞の主な危険因子は高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙です。適切な治療や生活習慣の改善によって血圧や血糖値、血中脂質を管理し、禁煙する必要があります。

定期健診

少なくとも月に1回は病院で血液や血圧等の検査を受け、脳梗塞が再発していないか、その兆候が出ていないかどうかを診てもらいましょう。

矢作 直也(やはぎ なおや)

筑波大学医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科准教授。検体測定室連携協議会代表者。1969年東京都生まれ。東京大学医学部卒。日本学術振興会特別研究会、東京大学大学院特任准教授を経て2011年より現職。医師として糖尿病の診療に当たりつつ、研究者としてニュートリゲノミクス研究を推進。薬局と医療機関との連携による糖尿病早期発見プロジェクト「検体測定室連携協議会(ゆびさきセルフ測定室)」を展開するなど糖尿病学会のホープとして活躍中。

矢作 直也

2018年4月作成