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Vol.1「体内時計と健康」

教えて 矢作先生!

Q「体内時計の働きを活かした治療法はあるの?」

A 「時間治療」の試みが進んでいます

 体内時計の働きを利用して、より効果的な治療を目指す「時間治療」の試みが進んでいます。薬の効果を高めるために、1日の中で最も適切な時間に薬を投与する治療法で、高血圧や不整脈、狭心症で研究が進められているほか、最近ではがん細胞が正常細胞に比べ深夜に活発に増殖することに着目して、夜中に抗がん剤を投与する治療法が注目を集めています。

 2017年のノーベル生理学・医学賞は、体内時計を生み出す遺伝子機構を発見した研究者3名に与えられました。遺伝子レベルでの体内時計の研究が進展するにしたがって、時間治療の試みもさらに進展していくものと期待されています。

 人間の体に生まれながらに備わっている「体内時計」。最近の研究では、この体内時計の働きが私たちの心身の状態に大きな影響を与えていることが明らかになってきました。今回は体内時計の働きについて理解しておきたいポイントをご紹介しましょう。

そもそも体内時計とは?

 体内時計は、地球の自転と同じ約24時間周期で変動する生理現象の調節機構のことで、人間はもちろん動物や植物、菌類や藻類などほとんどの生物に生まれながらに備わっていると言われています。例えば、私たちが特に意識しなくても朝になると自然に目が覚め、夜になると眠くなるのは体内時計の働きによるものです。

 体内時計を支配しているのが、脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)という部分です。体内時計は身体のすべての細胞に備わっていますが、視交叉上核は体内時計の司令塔ともいえる役割を果たし、全身の細胞の時間合わせの指令を出していると考えられています。

内臓の働きと体内時計

 体内時計は内臓の働きにも大きな影響を与えています。24時間同じように働いていると思われがちな内臓も、体内時計の影響で時間帯によって活動が活発になる時間帯と、最小限になる時間帯があることがわかっています。


肝臓(午前中)

有毒物を解毒したり、脂肪分解や栄養素の代謝を担う臓器。早朝に働き始め、お昼ごろにピークを迎える

膵臓(午前)

主に血糖値をコントロールする臓器。昼間は夜間に比べ糖質の同化にかかわるインスリンというホルモンを盛んに分泌する

胃(深夜)

主にたんぱく質を消化する臓器。胃酸の分泌は深夜に最も活発になる

腎臓(午前)

血液を濾過して老廃物や塩分を尿として排出する臓器。夜間より日中に活発に働く


病気になりやすい時間帯がある?

 体内時計は病気の発症にも大きな影響を与えており、病気によってなりやすい「魔の時間帯」があることがわかっています。
もちろん、必ずその時間帯に発症するわけではありません。あくまでも「目安」として頭にいれておくとよいでしょう。

急性心筋梗塞

血圧は目が覚めたときに急上昇するので、午前中は心筋梗塞が発症しやすい

脳血栓

血液は明け方に固まりやすく、血液を溶かす働きも低下することから、脳血栓は早朝に起こりやすい

胃潰瘍

胃酸の分泌が活発になる深夜にかけては、胃が荒れたりただれたりしやすくなる

昼時間 夜時間 魔の時間帯


体内時計の乱れは体調不良の原因に

 このように、私たちの健康に大きな影響を与えている体内時計ですが、不規則な生活や不適切な食生活、運動不足、過度のストレス、ストレスの多い生活が続くと、リズムが乱れ、体調に悪影響を及ぼすようになります。

例えば、昼夜逆転の生活を長く続けている人は、がんや生活習慣病のリスクが高まるという説もあります。昼夜逆転とまではいかなくても、深夜までパソコンやスマートフォンを見たり、外出したりして人工的な強い光を浴びると、体内時計の働きが乱れる恐れがあります。私たちの身体には体内時計の乱れをもとにもどす機能も備わっていますが、元に戻るには一定の時間がかかるため、乱れた状態が続けば続くほど、頭痛や食欲不振、不眠など心身の不調が起きやすくなります。


体内時計の乱れを防ぐカギは「太陽の光」

 では、体内時計の乱れを防ぐには何が必要なのでしょうか?答えは、一定量の太陽の光を浴びることです。というのも、地球の自転にかかる時間が24時間であるのに対し、体内時計の1日は24~25時間で、両者の間には若干の「ずれ」があるからです。「ずれ」をなくして時間合わせをしなくては、体内時計と地球のリズムはどんどん広がってしまいます。この時間合わせの役割を担っているのが、太陽の光です。朝、太陽の光を浴びると目から入る太陽の光を視神経が感知して視交叉上核に伝え、体内時計をリセットすると考えられています。

体内時計を正常に保つには、太陽の光を十分に浴びることが非常に重要なのです。生活が不規則になりがちな人は、屋外で太陽の光を浴びながら軽い運動(散歩など)で体を動かす習慣をつけてください。体内時計がリセットされるだけでなく、運動の効果で体が程よく疲労するので、夜になると自然に眠くなる可能性が高まります。屋内での仕事や夜勤が多い人も、昼休みはオフィスの外に出る、休日はガーデニングやアウトドアスポーツを楽しむなど、意識して太陽光を浴びる時間を作ることを お勧めします。


矢作 直也(やはぎ なおや)

筑波大学医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科准教授。検体測定室連携協議会代表者。1969年東京都生まれ。東京大学医学部卒。日本学術振興会特別研究会、東京大学大学院特任准教授を経て2011年より現職。医師として糖尿病の診療に当たりつつ、研究者としてニュートリゲノミクス研究を推進。薬局と医療機関との連携による糖尿病早期発見プロジェクト「検体測定室連携協議会(ゆびさきセルフ測定室)」を展開するなど糖尿病学会のホープとして活躍中。

矢作 直也

2018年9月作成