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Vol.3「認知症の原因と主な症状」

教えて 矢作先生!

Q「認知症は、遺伝するのでしょうか?」

A 遺伝する可能性はごく低いとされています

 最近の研究で、認知症の発症に特定の遺伝子が関係することが分かっています。しかし、だからといって認知症の家族がいる人が、必ず認知症を発症するわけではありません。

たとえば、認知症の親を持つ兄弟でも、一人も認知症にならないケース、一部だけが認知症になるケース、全員が認知症になるケースなどさまざまです。なお、認知症の原因として最も一般的なアルツハイマー病の場合は高齢になるほど発症率が上がるため、発症には遺伝よりも加齢の影響が大きいと考えられています。遺伝の影響が大きいと言われる若年性アルツハイマー病の場合も、遺伝の影響が明らかな例はごくわずかです。認知症の遺伝を恐れて沈んだ気持ちで毎日を過ごすのは心身の健康によくありません。楽しいと思えること、興味のあることに積極的に取り組み、前向きな気持ちでいきいきと毎日を過ごすようにしましょう。

 高齢化が進むにしたがって増加が懸念されている認知症。性別や既往症などに関わらず、誰もが認知症を発症する可能性があります。今回は認知症の症状とその原因をご紹介します。適切な知識を身に付け、早期発見・早期治療に努めましょう。

認知症=さまざまな症状の総称

 「認知症になってしまったらどうしよう」と不安に思う方も多いかもしれませんが、実は認知症というのは、記憶障害や判断力の低下など、さまざまな症状の総称であり病気の名前ではありません。一般的に認知症といわれる症状には、①脳の働きの低下によって起こる症状と、②環境の変化などによって起こる症状の2つがあります。

①脳の働きの低下によって起こる症状
 脳の働きの低下によって起こる認知症の症状の代表的なものに、記憶障害があります。年齢を重ねると誰でも、いわゆる「物忘れ」をすることが多くなりますが、認知症による記憶障害と加齢による「物忘れ」には、次のような違いがあります。

一般的な物忘れ

  • 昨日の夕食に何を食べたか思い出せない
  • 以前会ったことのある人の名前が
    思い出せない
  • 忘れたことを自覚している

脳の働きの低下による記憶障害

  • 夕食を食べたこと自体を忘れてしまう
  • その人と会ったという出来事自体を
    忘れてしまう
  • 忘れたことを自覚していない
各年齢の認知症有病率が上昇する場合の将来推計

 つまり、単なる物忘れの場合は、ヒントを与えられたり教えてもらったりすれば、何を食べたか・誰と会ったかを思い出すことができますが、認知症の場合は「夕食を食べた」「人と会った」という体験の記憶そのものが失われてしまうのです。しかも、認知症の場合は自分が「忘れてしまったこと」自体も自覚していません。
 このほか、場面に応じて適切な判断ができない(判断力の低下)、新しいことを覚えられない(理解力の低下)、今現在の時間・自分が今いる場所などがわからない(見当識障害)、以前できていたことができなくなる(実行機能障害)といった症状も見られます。

②環境の変化などによって起こる症状
 認知症と診断された人の多くに、次のような症状が表れます。

  • 徘  徊:あてもなく彷徨い歩いて、迷子になってしまう
  • 被害妄想:お金を取られた、食事をもらえなかったなどと思い込む
  • 幻  覚:あるはずのないものが見えると主張したり怯えたりする
  • 排泄トラブル:トイレで排泄できなくなる、排泄物を触ったり食べたりする
  • 暴言や暴力:突然怒り出して暴言を吐いたり暴力をふるったりする
  • 食行動の異常:過食や拒食をする、食べ物以外のものを食べる
  • 昼夜逆転:夜になると興奮して騒ぐ、大声を出す

 こういった症状は、入院や施設への入所、転居や家族構成の変化など、環境の変化による不安や恐怖から引き起こされることが多いとされており、環境を元に戻したり、近づけたりすると症状が和らぐことがあると言われています。

認知症の原因とは?

 認知症は主に「アルツハイマー病」「レビー小体型認知症」「血管性認知症」の3つの病気が原因で起こることが分かっています。

認知症の原因となる主な病気

①アルツハイマー病

 「ベータたんぱく」や「タウたんぱく」という異常なたんぱく質が脳に溜まることによって神経細胞が死に、記憶を担っている大脳の「海馬」という部分が萎縮することによって起こる病気で、認知症の原因として最も多く見られます。「物忘れ」がひどくなることから発覚することが多く、時間の経過とともに徐々に症状が進行し、判断力や理解力も低下します。脳の働きだけでなく身体機能も徐々に低下し、最終的には寝たきりになってしまうことも珍しくありません。早期に適切な治療を受ければ、症状の進行を緩やかにすることもできます。

②レビー小体型認知症

 脳の神経細胞の中にレビー小体という異常なたんぱく質が溜まることによって起こる病気です。調子が良いときと悪いときを繰り返しながら進行していくのが特徴で、なかでも実際にはいない人やものが見える「幻視」、眠っている間に怒鳴ったり、奇声をあげたりする異常言動などの症状が目立ちます。手足のこわばりや震え、無表情などパーキンソン病に似た症状を伴うこともあるのも特徴です。

③血管性認知症

 脳の血管が詰まる「脳梗塞」や血管が破れる「脳出血」など脳血管の障害が原因で起こる病気です。記憶障害による症状のほか、手足の震えや麻痺、運動障害を伴うのが特徴です。脳のどの部分の血管に障害が起きたかによって症状が異なり、障害が起きていない部分の脳は正常に機能しているケースも珍しくありません。障害が起きた場所によっては、言語障害が出ることもあります。

 このほか、社会のルールに合わせた言動が難しくなる「前頭側頭型認知症」(前頭葉や側頭葉の萎縮が原因)や全身の倦怠感を伴う「甲状腺機能低下症」などがありますが、どの病気が原因かを判断するのは難しい上に、原因となる病気ごとに治療法も異なります。

病気の進行を緩やかにするためにも、また本人や周囲への負担を最小限に抑えるためにも、家族や身近な人に気になる言動が見られた場合は、「近所の人に知られると恥ずかしいから」などと躊躇せず、1日も早く専門医の診断を受け、適切な治療を受けさせるようにしましょう。

早期発見・治療で進行をゆるやかに(イメージ)

矢作 直也(やはぎ なおや)

筑波大学医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科准教授。検体測定室連携協議会代表者。1969年東京都生まれ。東京大学医学部卒。日本学術振興会特別研究会、東京大学大学院特任准教授を経て2011年より現職。医師として糖尿病の診療に当たりつつ、研究者としてニュートリゲノミクス研究を推進。薬局と医療機関との連携による糖尿病早期発見プロジェクト「検体測定室連携協議会(ゆびさきセルフ測定室)」を展開するなど糖尿病学会のホープとして活躍中。

矢作 直也

2018年10月作成