File 061
Vol.4「認知症の予防と治療」

教えて 矢作先生!

Q「最近、認知症の新しい治療薬が開発されたというニュースを見ました。
 どんな治療薬なのですか?」

A 認知症新薬の有効性が確認されましたが、まだ実用化には至っていません。

 2018年7月に日本の製薬会社・エーザイが、アメリカの製薬会社と共同開発を手掛けているアルツハイマー病治療薬「BAN2401」について、認知症の原因物質とされるたんぱく質「アミロイドベータ(Aβ)」を脳内で減らす効果が認められたことを発表、大きな話題を呼びました。このニュースが発表された直後、エーザイの株価は急上昇、時価総額が9,400億円を超えたことからも、いかに大きなニュースだったかがわかります。これまでもエーザイは認知症の進行を遅らせる「アリセプト」という抗認知症薬を開発・販売していましたが、「BAN2401」は原因物質であるAβを減らすことによって「アリセプト」よりも長時間にわたって認知症の進行を抑制すると言われています。

  ただし、「BAN2401」はまだ実験段階にあり、実用化されるかどうかは何とも言えません。これから先、さらなる実験を続けて効果を実証、国の許認可を受ける必要があるからです。上手くいけば数年で実用化に至るかもしれませんし、逆に実用化されない可能性もあります。研究のさらなる進展に期待しつつも、まずは地道に日々の健康管理に励みたいものです。

 誰にでも起こる可能性がある認知症。いったいどうすれば予防することができるのでしょうか?万が一認知症になってしまった場合、どのような治療を受けることができるのか?について紹介しましょう。

生活習慣病の予防がカギに

 残念なことに認知症は、科学的に100%確実な予防法がまだ確立されていない病です。書店には、「認知症の予防に役立つ」として計算ドリルやクイズ(いわゆる脳トレ)の実践、特定の食品や栄養素の摂取を勧める書籍が並んでいます。また、認知症予防効果を謳った健康食品やサプリメントの類も多く登場していますが、これらはいずれも医学的根拠に基づく決定的な予防法ではありません。あくまでも「一助になるかもしれない」という程度の認識で活用するようにしてください。

 ただ、認知症の中でも「アルツハイマー型認知症」は、糖尿病や高血圧、脂質異常症、肥満などの生活習慣病によって発症のリスクが高まることがわかっています。また、「血管性認知症」は、脳梗塞がきっかけで起こることが多く、その原因の多くが不適切な生活習慣による動脈硬化であることもわかっています。つまり、糖尿病や動脈硬化等の生活習慣病を防ぐことが、結果として認知症の予防に繋がるということです。バランスが悪く脂質や塩分の高い食事、喫煙、過度の飲酒、運動不足、ストレスなど不適切な生活習慣を改めることは、認知症だけでなくがんなど他の疾患の予防にも繋がります。

適度な休息と運動習慣でストレスをため込まない

 現役世代の皆さんに、ぜひ心がけていただきたいのは、適度な休息をとることです。日本人は勤勉な国民性のためか、休むことに罪悪感を持つ人が多い傾向にあります。しかし、休息が足りないと気づかぬうちに疲労が蓄積し、ストレスによって心身に大きなダメージを受けてしまいます。疲れを感じたら15分程度でよいので横になる、昼寝をする、あるいは好きなことをする時間を意識して確保する、などの工夫をして心身を休ませてください。

もう1つ、適度な運動を習慣づけることも非常に大切です。マラソンやジム通いなどハードな運動をする必要はありませんが、1日30分~1時間ほど近所を散歩するとか、エレベーターではなく階段を使うようにする、といった無理のない範囲で体を動かすようにしましょう。適度な運動は血流を良くし、ストレスの軽減にもつながります。

認知症治療は投薬がメイン

 現在のところ、認知症の治療法はまだ確立されていません。認知症と診断された場合は、認知症の進行を遅らせたり症状を軽くする効果が期待できる「抗認知症薬」を服用するのが一般的です。現在日本で使われている抗認知症薬は数種類あり、認知症の種類や症状に合わせて使い分けられています。徘徊や興奮状態が見られる患者さんには、抗認知症薬と併せて、抗うつ剤や抗精神病薬などが処方されます。

また、軽度の患者さんには、投薬と併せてリハビリテーションを行うこともあります。リハビリテーションには音読や簡単な書き取り、計算、音楽鑑賞などがあり、いずれも脳の機能低下を防ぎ、脳の働きを活性化するために行われます。

治療の大前提は、身近な人の理解と適切な対応

 残念ながら、今のところ、投薬やリハビリで認知症が完治する可能性は極めて低いのが現状ですが、少しでも進行を遅くして、症状を軽くすることができれば、その分、家族や周囲の人が生活環境を整えたり、情報を集めたり、心の準備をする時間の余裕ができます。その意味でも、認知症も他の病気と同様に早期発見・早期治療が重要です。ちょっと様子がおかしいなと思ったら、躊躇せずに医師に相談し、必要に応じて検査・治療を受けるようにしてください。

 そして、忘れないでいただきたいのは、どんな治療も、その前提として家族や周囲の方々の認知症に対する正しい理解と適切な対応が必要だということです。身近な人が認知症になってしまったショックや苛立ちから、ご家族が患者さんに声を荒げたり叱ったりするケースも珍しくありませんが、こういった行為は患者さんを不安にさせ、症状の悪化を招きかねません。特に高齢の家族がいる方は、日ごろから認知症を正しく理解し、認知症患者への適切な対処法を学ぶ機会を持つよう心がけてください。

 現在では、介護保険や地域包括支援センターなどのサポート態勢も充実してきました。これらの手続きや相談窓口を知っておくことも大切です。ケアマネジャーなど専門家に相談すれば適切なアドバイスを受けることもできます。認知症は確実に他者の助けが必要な病気です。家族だけで悩まずにこのような制度や施設などの社会的なリソースを上手に使い、地域全体で患者をサポートしましょう。

介護保険認定の流れ 介護保険認定の流れ

矢作 直也(やはぎ なおや)

筑波大学医学医療系 内分泌代謝・糖尿病内科准教授。検体測定室連携協議会代表者。1969年東京都生まれ。東京大学医学部卒。日本学術振興会特別研究会、東京大学大学院特任准教授を経て2011年より現職。医師として糖尿病の診療に当たりつつ、研究者としてニュートリゲノミクス研究を推進。薬局と医療機関との連携による糖尿病早期発見プロジェクト「検体測定室連携協議会(ゆびさきセルフ測定室)」を展開するなど糖尿病学会のホープとして活躍中。

矢作 直也

2019年1月作成